仏教用語100語「生活のなかに生きる仏教のことば」

お疲れ様です。法雅です。
私たちが日常生活のなかで使っている言葉には、仏教に由来する言葉が数多くあります。
今回はとくに代表的な仏教用語を100語紹介(現時点104語)します。

言葉の選考は、『広辞苑』で仏教語として載っている言葉で、且つ現代人が日常会話としてつかっている用語としました。

用語の意味を書くにあたり、以下の辞書等を参考にしました。

  • 岩波仏教辞典
  • 広辞苑
  • 大谷大学HP『生活の中の仏教用語』

誠にありがとうございました。

仏教を学んでいる方、現役の僧侶からすれば物足りない内容だと思いますが、仏教に興味のある方たちにとって、何かのお役に立てれば幸いです。

また、同時に『仏教用語と時事』の記事も増やしていきますので、機会があればご覧くださいませ。
よろしくお願いします。

目次

「あ行」 の仏教用語

仏教用語『愛嬌(あいきょう)』

もともとは「愛敬」と書いた。
仏様や菩薩様の柔和なお顔を愛敬相(あいぎょうそう)といい、愛され、かつ尊敬される姿という意味。

そこから女性や子供の、誰からも愛される笑顔、しぐさについて「愛嬌がある」と言われるようになった。

【仏教用語と時事】
男は度胸・女は愛嬌・そのつづきは?

仏教用語『挨拶(あいさつ)』

もともとは禅問答において使われた言葉。
漢字の意味は「近づいて迫る」。

それがのちに相手に近づく方法・礼儀として現代に定着している。

【仏教用語と時事】
社会的距離をとるなら、心の距離を近づけなくては

仏教用語『阿吽(あうん)』

古代インド文字(サンスクリット)のア・フーンを漢字にあてたもの。
「阿」は万物の初め、「吽」は万物の終りを象徴している。
よく寺院山門におかれる仁王や狛犬などは、一方は口を開き「阿」、他方は口を閉じている「吽」。
これは、この場所は万物のすべて・真理が在すことを表している。

現在では「阿吽の呼吸」のように、ともに一つのことをする時の調子や気持ち、または行動が一致したときにつかわれる。

阿吽の意味はなかなか深い。

仏教用語『悪魔(あくま)』

仏教でいう悪魔は、仏道を妨げる悪神の総称をいう。
古代インド文字(サンスクリット)のマーラ(魔羅)からきている。
キリスト教で説くサタンは、悪および不義の擬人的表現なので意味がちがう。

現在では残酷・非道な人を悪魔という場合が多い。

同じ悪魔でも、意味はそれぞれ違います。

仏教用語『アバター』

古代インド文字(サンスクリット)のアバターラが語源。
アバターラの意味は「権化」「化身」、つまり神仏が人々をみちびく目的で姿を変え、この世に現れること。

現在ではインターネットの仮想空間で、自分の分身としてつかわれる。

自分の化身がアバターですね。

仏教用語『阿鼻叫喚(あびきょうかん)』

阿鼻地獄(無間地獄)の苦しみに堪えきれず泣き叫ぶさまのこと。
阿鼻は古代インド文字(サンスクリット)アビチが語源。
阿鼻の意味は、苦しみが絶え間なくつづくことで、無間ともいう。

現在では、大災害の時など甚だしい惨状を形容する言葉としてつかわれる。

言葉を聞くだけで怖い感じがします。

仏教用語『尼(あま)』

古代インド文字(サンスクリット)アンバーが語源。
出家して仏門に入った女性のこと。
一定の修行をして具足戒をうけると比丘尼(びくに)となる。

現在でも女性のことを尼という場合があるが、軽視したりののしった使い方が多い。

本当は良い言葉なのに残念です。

仏教用語『暗証(あんしょう)』

証は悟りの意味。
暗証は、仏の教えの研究を軽視し、坐禅などの修行だけで悟りを開こうとすること。

現在では本人であることを証明する、本人しか知らない数字や文字のこと。

暗証番号として生活に定着してますね。

仏教用語『安心(あんしん)』

もとは「あんじん」と言い、信仰により心をひとつにとどめて動かないこと。
平たくいえば「安定している心」をいう。

現在では心配や不安がない「安らかな心」の意味で使われている。

【仏教用語と時事】
カタカナ言葉ばかりじゃ、かえって安心できないお年頃

仏教用語『一大事(いちだいじ)』

仏がこの世に出現する目的のこと。
それは一切衆生(しゅじょう・すべての生きとし生きるもの)を救済することしか目的はなく、それこそが一大事。

現在では、容易ならぬできごと。重大な事態・事件の意味でつかわれている。

仏教では、もっとも大きな目的のことです。

仏教用語『一味(いちみ)』

仏の説法は、時や場所、相手によって多様に説かれるが、説かれる内容や主旨は変わらないこと。
たとえば、無数の河があっても海に入れば同じ海水(一味)になることをあらわす。

現在では、とくに悪事に味方する仲間や集団のことをいう。

あとは、うどんに入れたりしますね。

仏教用語『有頂天(うちょうてん)』

古いインドの世界観で、形ある世界の最も上に位置する天界のこと。ただし、頂上といっても迷いの世界には変わらず不安定な境界。

現在では、物事に熱中して我を忘れること。
また、得意の絶頂の意味としてつかわれる。

頂天から堕ちるのはあっという間です。

仏教用語『会釈(えしゃく)』

そもそも経典を解釈する際の「和会通釈(わえつうしゃく)」の略語。
和会通釈とは、前後相違して見える内容を、互いに照合し、その根本にある意義を明らかにすること。

経典解釈の用語が後の世に、多方面に気を配り、相手に応対することを会釈と呼ぶようになり、現在では軽く首を垂れて一礼すること。おじぎとなった。

もともとは難しい意味だったんですねぇ。

仏教用語『縁起(えんぎ)』

すべての出来事・存在は、さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立しているという仏教の根本的な教えのこと。因縁生起。

現在では「縁起がいい」「縁起がわるい」といった、自分の都合による吉凶の兆しにのみとらえられ、縁起をかつぐ行為が目立つようになった。

同じ縁起でも、まったく意味がちがいます。

仏教用語『演説(えんぜつ)』

古代インド文字(サンスクリット)のニルデーシャの訳で、仏様の教えを人々に説くことを意味する。
今でいう布教の意味が込められていた。

現在はおもに選挙時、多くの人々の前で自分の主義主張や意見を述べることをいう。

【仏教用語と時事】
ものごとの本質をえぐるスピーチにはかなわない

仏教用語『大袈裟(おおげさ)』

必要以上に大きく派手な袈裟をかけてを人々を驚かしたことから、ものごとを実際より誇張して言ったりすることを言う。

【仏教用語と時事】
富裕層26人が世界の半分の富をもつ。これは大袈裟な話しではない

仏教用語『お彼岸(おひがん)』

古代インド文字(サンスクリット)のパーラミーターが語源。
音訳すると波羅密(はらみつ)で漢訳すると彼岸(ひがん)となる。
此岸(娑婆世界)から彼岸(仏の世界)へ仏道修行によって渡るのが本来の意味。

現在では春分・秋分の日を中日として、その前後7日間に先祖供養をおこなう行事となっている。

【仏教用語と時事】
お彼岸は、子孫の私たちが修行をして先祖供養をする日

仏教用語『お盆(おぼん)』

お盆の正式な名前は「盂蘭盆(うらぼん)」といい、古代インド文字(サンスクリット)の『ウルランバナ』の音訳。
意味は「逆さまに吊される」

死後、逆さまに吊される餓鬼の苦しみをうけた母親を、息子・目連が救ったことがお盆のはじまりとされる。

【仏教用語と時事】
お盆の起源は、母を救いたい一心の子のおこないから

仏教用語『恩(おん)』

古代インド文字(サンスクリット)のウパカーラ。
意味は他人を思いやること。援助。
同じく古代インド文字のクリタ。
意味は他人からなされたこと。

中国ではもともと「めぐみ」の意味で恩の字が使われていたが、のちに仏教が伝わりウパカーラとクリタの訳として恩があてられた。

【仏教用語と時事】
恩に報いるためお盆の法要にお参りしましょう

「か行」 の仏教用語

仏教用語『餓鬼(がき)』

生前に嫉妬や欲が深かったり、物に執着する行ないをした人が、その報いとして死後に堕ちる境遇。
つねにやせ細って、のどが細く飲食することができないなど、飢えと渇きに苦しむという。
六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)のひとつ。

現在では、子供をいやしむ呼び方として残っている。子供は食べる欲が旺盛だからかもしれない。

物が豊かな今の時代。本当の餓鬼は、満たされない欲求をもつ私たちかもしれません。

仏教用語『覚悟(かくご)』

迷いを去り、真理を悟(さと)ること。
「覚」は悟りの智慧(ちえ)を意味し、「悟」は迷いがとけたことをあらわす。
つまり、仏教でいう覚悟の人は仏のこと。

現在、「覚悟する」は重大な決意をあらわし、他人から「覚悟しなさい」と言われると、あきらめるの意味になる。

なかなか覚悟ができません。

仏教用語『加護(かご)』

神仏が力を加えて護ること。
ことに現在の加護は、人々が現世利益を期待する意味で使われているが、本来は神仏の力は見えないことから「冥加(みょうが)」の意味といえる。

日ごろ善根をつんでこそ、知らず知らずのうちに神仏の加護をいただける。

加護じゃなくて過保護を期待しちゃいけません。

仏教用語『過度(かど)』

生死(しょうじ)の迷いの世界(此岸)から、悟りの彼岸に渡ること。また、そうさせること。
厳しい修行を乗りこえた先に目的地(悟り)があることをさす。

現在では、程度をこえた、並外れたという意味でつかわれる。

「並外れた」修行が悟りへの道といえるかも。

仏教用語『我慢(がまん)』

「我」⇒自分「慢」⇒慢心。
自分はすごいんだと思い上がることが我慢の本来の意味。
じっと耐え忍ばなくてはならない時に、自分だけ好き勝手なことをする。
まわりから、それは我慢(思い上がりの心)だと指摘され、じっと耐え忍んだことから、いつのまにか我慢イコール忍耐に意味が変わった。

【仏教用語と時事】
我慢せず。どうやってステイホームを楽しむか考えよう

仏教用語『観念(かんねん)』

観察し思念すること。
仏の姿や真理を間違いなく理解しようとよく見て、つねに心にかけて考えること。

現在は、あきらめること。覚悟することをいう。

観念しすぎたので観念します。

仏教用語『歓喜(かんき)』

仏教では「かんぎ」と読む。
経文に「歓喜踊躍(ゆやく)」とあり、仏の教えや仏の名を聞き、全身で宗教的な満足を得ること。
もちろん長い修行の果てに得る歓びである。

現在では、たいそう喜ぶことをいう。

喜ぶのは同じですが、喜ぶ内容がちがうようです。

仏教用語『機嫌(きげん)』

もともとは人々がそしり嫌い、不愉快に思うという意味。
だから「嫌」の字が入っている。

現在の意味は、世間からそしりを受けないように自ら慎んで相手の出方を待つ意味となり、相手の気持ちや様子を意味する言葉に変わった。

【仏教用語と時事】
「ご機嫌いかが」と声かけて、差別をへらす世の中に

仏教用語『境界(きょうかい)』

仏教では「きょうがい」と読む。
おもに自らの行ないの果報として、各自が受ける境遇のことをいう。人間のおかれる境遇は同じではなく、その原因は自らの行ないだと仏教では説く。

つまり境界(境遇)は同じではなく差別があることに、現在つかわれる境(さかい)や区域という意味の境界になったとすれば興味深い。

もっと良い境界(境遇)になりたいですよね。

仏教用語『行儀(ぎょうぎ)』

修行で守るべきこと(戒律)、あるいは修行者の生活作法や儀式方式をあらわす言葉。
釈尊入滅後、修行者は行儀を守ることが大事だと厳しく定められていた。

現在は「行儀がよい」などと、立ち居ふるまいの作法の意味となっている。

法雅も修行中は行儀見習いがありました。

仏教用語『愚痴(ぐち)』

仏教では「愚癡」と書く。
仏の智恵に暗く、道理が通じない根本的無知をいう。
数ある煩悩のなかでも、「貪欲(とんよく)」「瞋恚(しんに)」「愚癡(ぐち)」は三毒とよばれ、もっとも根強い煩悩とされる。

現在つかわれる愚痴は、言っても仕方ないことを嘆(なげ)くことの意味。

どっちかというと、法雅は愚痴を聞くほうが多いですね。

仏教用語『外道(げどう)』

仏教以外の教え。また、その教えを信奉する者をいう。
とくに有名なのは、釈尊が在した当時の六師外道(6人の思想家)で、道徳否定論などを人々に説いていた。

やがて真理に背く邪説やそれを説く人を外道というようになり、妖怪や災難をもたらすものという意味も持つようになり現在にいたる。

一方、仏教のことを「内道(ないどう)」といいます。

仏教用語『懸念(けねん)』

もともとは一つのことに心を集中させることを意味していた。
「念」気持ちや想いを「かける」ことゆえ、執着や執念という意味もある。

現在では少し意味が弱まり、不安に思うこと、心配に思うことを意味する。

【仏教用語と時事】
32万人も死者がいるのだから、今は協調を

仏教用語『下品(げひん)』

仏教では「げぼん」と読む。
とくに浄土系宗派につかう。極楽浄土に往生する者を、生前に積んだ功徳のちがいに応じて九品を上品・中品・下品に三分し、下品は最下位。
仏の教えにどれほど誠実であるか、これが上品と下品の分かれ目とされる。

現在では、言葉づかいや服装など品のないことを意味する。

とくに最近のテレビ番組は品がない。

仏教用語『玄関(げんかん)』

もともと玄関はお寺の入り口のことを指していた。
「玄」は深い悟りの意味、「関」は出入り口の意味、よって玄関は仏様の深い悟りへの入り口のことをいった。

その玄関が時代の経過とともに大衆化され、現在は一般家庭でも玄関を呼ぶ。

【仏教用語と時事】
コロナ禍のなか「玄関で受け取る時代」が定着するか

仏教用語『光明(こうみょう)』

仏や菩薩の心身から放つ光。智慧や慈悲を象徴する。
また。この光には私たちの迷いを破る力があるとされる。

現在では「一筋の光明」のように、明るく輝く光、明るい将来の意味としてつかわれる。

人生にも光明が必要ですよね。

仏教用語『極楽(ごくらく)』

阿弥陀仏の居所である浄土のこと。
経文には、西のかなた十万億土を経た所に阿弥陀仏の世界があり、全く苦しみのない安楽な世界ゆえ極楽と名づけられたという。
念仏行者は死後ここに生まれると説かれる。

現在では、きわめて安楽な場所や境遇の場合「なんて極楽なんだ」とつかう。

浄土信仰の目的地といっていいでしょう。

仏教用語『後生(ごしょう)』

死後ふたたび生まれ変わること。来世ともいう。
仏教では、過去・現在・未来の三世の存在と、三世を貫く因縁果報が説かれており、現世が終わっても必ず来世があることを後生という。

現在では、「後生だから」と人に折りいってたのむ時につかわれている。

後生だから信仰してほしい。

仏教用語『小僧(こぞう)』

仏教では「しょうそう」と読む。
一人前の僧侶(大僧)になる前の年少の僧侶。子供の僧侶のこと。
雛僧(すうそう)ともいう。

のちに「こぞう」の読み方が一般化され、世間に深くなじんだ。おもに年少の男子を軽視してつかう場合が多い。

僧侶の身分としての言葉が、ここまで大衆化するとは。

仏教用語『言語道断(ごんごどうだん)』

「言語で説明する道が断たれた」そのくらい仏の悟りは奥が深いが本来の意味。
仏教の奥深い真理はことばで説明することができないことをいう。

現在では、言葉に表せないとんでもないことの意味で使われている。

これはもってのほか!

仏教用語『金輪際(こんりんざい)』

古いインドの世界観が由来。
インドは四大州のひとつ南閻浮題(なんえんぶだい)にあるとされており、その四大州を浮かべている大きな海の底にあるのが「金輪(こんりん)」。
その金輪のもっとも深いところが「金輪際」と呼ばれる。
ひらたくいえば、地層の最下底の所。または無限に深いという意味がある。

現在では「あなたとは、金輪際あいたくない」というように、断じて、とか、絶対に、という意味でつかわれている。

問題。古いインドの世界観では、世界の中心にそびえる山の名前はなんでしょうか。答えは「四天王」にあります。

「さ行」 の仏教用語

仏教用語『作業(さぎょう)』

仏教では「さごう」と読む。
念仏を唱える宗派の教えで、極楽浄土をめざす行者のすがたや方法を作業といった。

のちに行為やおこないに意味が変わったのは室町期ころといわれている。

【仏教用語と時事】
作業は正しい目的をもっておこなうもの

仏教用語『差別(さべつ)』

仏教では「しゃべつ」と読む。
万物の本性は平等であるのに対して、それぞれは色々な違いをもっていることを意味していた。

【仏教用語と時事】
コロナ差別はヘイト・排斥と同じ

仏教用語『懺悔(ざんげ)』

仏教では「さんげ」と読む。
過去に犯した罪を神仏や人々の前で告白して許しを請うこと。

【仏教用語と時事】
文字はときに凶器になり、事件の引き金にもなる

仏教用語『三密(さんみつ)』

真言宗をはじめとする密教宗派の教え。
身密(しんみつ)からだや行動
口密(くみつ)ことばや発言
意密(いみつ)こころや考え

この3つを整えることで成仏を目指すことをいう。

【仏教用語と時事】
五木寛之氏「3密のあとに3散がくる」と予想【興味あり】

仏教用語『四苦八苦(しくはっく)』

人間のもっとも根源的な四苦、生(しょう)・老(ろう)・病(びょう)・死(し)。この四苦に、愛別離苦(あいべつりく)愛するものと別れる苦しみ・怨憎会苦(おんぞうえく)怨み憎むものと会わなければならない苦しみ・求不得苦(ぐふとっく)求めても得られない苦しみ・五陰盛苦(ごおんじょうく)総じて人間の行ないによる苦しみ、これらの四苦を合わせたもの。
人生の苦の総称をいう。

現在では、非常な苦しみ。また、さんざん苦労することの意味でつかわれる。

人生って四苦八苦ですねぇ。

仏教用語『自然(しぜん)』

仏教では「じねん」と読む。
「自ら然(しか)る」という字から、「おのずから」とか「ひとりでに」という意味。
天然のままで人の手が加わっていないさま。あるがままのさま。
江戸時代、英語の「ネイチャー」の訳として自然があてられたことで意味が重層的になる。

山川・草木・海など、人類がそこで生まれ生活してきた場所、または人間の手が入っていない場所の意味でおもに使われるようになる。
明治以降「しぜん」と読むようになる。

【仏教用語と時事】
人間は自然の一部という根本を忘れがち

仏教用語『七難(しちなん)』

経典に説かれる7つの災難のこと。
『法華経』、『薬師経』、『仁王経』などに説かれ、具体的な内容は経典によって異なるが、仏法の力でこのような災難を消滅できる意味では同じ。

現在では災難ではなく、さまざまな欠点という意味でつかわれている。

【仏教用語と時事】
大雨による水害が七難の代表ではないだろうか

仏教用語『実際(じっさい)』

古代インド文字(サンスクリット)のブータ・コーティの漢訳。
ブータは「ものごと」、コーティは「極み」から「ものごとの極み」の意味。

現在では意味がすこし軽くなり、現実の有り様、事実の意味でつかわれる。

【仏教用語と時事】
実際問題、私たちはまだ知らないことが多い

仏教用語『四天王(してんのう)』

須弥山中腹の四方に住むとされる仏法の守護神。
持国天(東方)・増長天(南方)・広目天(西方)・多聞天=毘沙門天(北方)の四天をいう。
仏像では、甲冑をつけた武将の姿で、憤った顔で邪鬼を踏むのが一般的。本堂須弥壇の四方に安置される。

現在では、ある道、ある部門にもっとも秀でたもの四人の呼び方をいう。古くから日本独自でつかわれてきた。

金輪際の答えは須弥山です。妙高山ともいいます。

仏教用語『慈悲(じひ)』

仏や菩薩が衆生(しゅじょう)をあわれみ、いつくしむ心。
一説に、慈は「楽を与え」、悲は「苦を抜く」という意味だという。
とくに大乗仏教において、智慧とならべて重視されている。

現在では、いつくしみあわれむ心。なさけや善意の意味としてつかわれる。

似ているけど違うんだよなぁ。

仏教用語『娑婆(しゃば)』

古代インド文字(サンスクリット)サハーが語源。
人間が現実に住んでいるこの世界のことであり、苦しみが多く、耐え忍ぶ世界の意味。忍土ともいう。
仏教の世界観では、私たちの住む世界は苦しみを耐え忍ぶ場所とされ、ゆえに仏が教えみちびく場所とされる。

現在では、自由を束縛されている軍隊・牢獄などに対して、その外の自由な世界。俗世間のことをいう。

耐え忍ぶ場所が自由な場所に。意味が逆転してますね。

仏教用語『邪魔(じゃま)』

古代インド文字(サンスクリット)マーラーの音訳が魔。
邪魔は仏道修行をさまたげる邪(よこしま)な悪魔の意味。

現在でも、妨(さまた)げや障害の意味をもつ。

【仏教用語と時事】
邪魔の解決は自分の心ひとつ

仏教用語『舎利(しゃり)』

古代インド文字(サンスクリット)のシャリーラの音訳。
意味は仏様の遺骨のこと。

仏様の遺骨の尊さ、白さが白米に例えられるようになったと思われる。

【仏教用語と時事】
お寿司のシャリとお墓参りの意外な関係性

仏教用語『柔軟(じゅうなん)』

仏教では「にゅうなん」と読む。
心がやさしくおとなしいこと。仏様の教えに従順なことを意味していた。

現在では「じゅうなん」と読んで、やわらかなこと。しなやかなことを意味する。

【仏教用語と時事】
今やれることを考え、変化に対応しよう

仏教用語『出家(しゅっけ)』

古代インド文字(サンスクリット)プラブラジャーが語源。
出家と訳されているが、そのほかに、積極的に前に進むという意味もある。
仏道を求める妨げになるから、前に進むため家庭生活を捨てる意味であり、家を出ることは手段にほかならない。

現在では、実家にいたくないという消極的理由で「家出」をする場合がある。

家を出ずに仕事をしながら信仰することを「在家」といいます。

仏教用語『出世(しゅっせ)』

仏が衆生を救うためにこの世に出現すること。
または世俗を捨てて仏道に入ることをいう。

禅宗では、高位の寺に転任することなどをいう。

現在ではまわりより昇進が早かったり、世の中で立派な地位・身分となることをいう。

【仏教用語と時事】
コント王として出世した志村けんさん。ありがとう

仏教用語『修羅(しゅら)』

古代インド文字(サンスクリット)アスラが語源。修羅は阿修羅の略。
インド神話に登場する阿修羅は、のちに帝釈天と戦いつづける闘争の神となる。
この性格から、闘争の世界や境遇を阿修羅道(修羅道)といわれるようになる。
六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)のひとつ。

現在でも、闘争を好む性格や境遇のことを修羅道といい、闘争の場面を修羅場という。

修羅は、ほとんど意味が変わっていませんね。

仏教用語『精進(しょうじん)』

古代インド文字(サンスクリット)ヴィーリャを訳した言葉。
もとの意味は「剛健さ」「勇敢さ」である。
仏教を学び、修行するには強い気持ちをもって、ひたすら努力すること。

現在は一生懸命に努力することを意味する。

【仏教用語と時事】
精進に欠かせないものは「強さ」。そしてもう1つは

仏教用語『上品(じょうひん)』

仏教では「じょうぼん」と読む。
とくに浄土系宗派につかう。極楽浄土に往生する者を、生前に積んだ功徳のちがいに応じて九品を上品・中品・下品に三分し、上品は最上位。
仏の教えにどれほど誠実であるか、これが上品と下品の分かれ目とされる。

現在では、言葉づかいや服装などが気品があることを意味する。

下品の反対の意味です。

仏教用語『勝利(しょうり)』

本来は勝(すぐ)れた利益(りやく)のことをいう。

現在は勝負の結果のみつかわれる。

【仏教用語と時事】
人生の経験をいかした人が本当の勝利者

仏教用語『食堂(しょくどう)』

仏教では「じきどう」と読む。
寺院において修行する僧侶たちの食事をおこなうお堂であった。
お堂ゆえに本尊を安置することもある。

明治以降、いっぱんに「しょくどう」と読ませるのが日常化され、比較的安価に食事を提供する店を大衆食堂といわれた。

【仏教用語と時事】
バラエティ番組のグルメコーナーにもの申す

仏教用語『所詮(しょせん)』

仏教用語としての所詮は、能詮と対をなして用いられる。
経典によって説き明かされる内容やことわりを所詮といい、その内容をあらわす言葉や文字を能詮という。
この「能」は「~ する」という能動をあらわし、「所」は「~ される」という受身をあらわす語である。

現在では、詮ずる所。つまるところや結局という意味で、しかも消極的な意味でつかわれる。

所詮、法雅は大したことはないのさ。

仏教用語『神通力(じんつうりき)』

仏や菩薩などがもつ、なにごとでもなし得る不思議な力のこと。
神(じん)とは人知でははかり知ることができない力のことであり、通(つう)とは智慧を意味する。
経典では釈尊の弟子たちが、飛行したり、火をふいたり、雨をふらせるといったことが説かれている。

現在でも、常人をこえた超能力のことを神通力という場合がある。

ただし、仏道修行の結果得られるのが神通力なのです。

仏教用語『世界(せかい)』

もとは古代インド文字(サンスクリット)のローカダートゥ(loka-dhaatu)が語源。
ローカダートゥは仏教用語として用いられ「命あるものが生存する空間で、そこに仏が教えを広める空間」が本来の意味。
のちにインドから中国にきて「世界」という漢字をあてた。

現在では世の中という意味や、全人類の社会、地球上のすべての国という意味で使われる。

【仏教用語と時事】
日本のスパコン「富岳」世界一おめでとう

仏教用語『世間(せけん)』

私たち人間のような、いろいろな感情や心をもつ者が生活する、迷いや煩悩(ぼんのう)のある世界を仏教では「世間」と言う。
反対に迷いや煩悩(ぼんのう)から離れた仏の世界を「出世間(しゅっせけん)」という。

今では社会や世の中の人々という意味で使われている。

【仏教用語と時事】
世間はうつり変わるものと心得て生活しよう

仏教用語『殺生(せっしょう)』

殺生戒という戒律があるように生きものを殺すことを殺生という。

現在ではむごいこと。思いやりがないひどい仕打ちのことをいう。

【仏教用語と時事】
コロナ禍のなか、暴力の連鎖を止めることができるか

「た行」 の仏教用語

仏教用語『退屈(たいくつ)』

仏道修行の苦しさ、むずかしさに負け、精進しようとする気持ちをなくすこと。
文字通り、仏道修行に退き屈したことをいう。

現在ではやることが無くて暇をもてあましている状態をいう。

【仏教用語と時事】
退屈な人生を送らないための、良い友人をもつススメ

仏教用語『醍醐味(だいごみ)』

醍醐(だいご)とは、乳を精製して得られる最も美味なるもの。チーズに例える場合もある。
天台宗では仏教の教えを5段階にわけ、その最高位が法華経・涅槃経であり仏教の最高真理と説いた。
法華経・涅槃経をもっとも美味な状態にたとえ醍醐味という。

現在では、深い味わい。ほんとうのおもしろさの意味でつかわれる。

人生の醍醐味とは、なんだろう。

仏教用語『大丈夫(だいじょうぶ)』

仏教でいう大丈夫とは仏様のこと。
もともと丈夫とは、古代中国の単位1丈(約2m)の男をさし、一人前の男という意味だった。
そこに偉大なという意味の「大」がつき仏様の意味をもたせた。

現在では、しっかりした男から意味がかわり、しっかりしているさま。あぶなげのないさまの意味でつかっている。

【仏教用語と時事】
大丈夫、大丈夫って、本当に大丈夫?

仏教用語『檀那(だんな)』

古代インド文字(サンスクリット)ダーナを音訳したもの。
意味は「布(あまね)く施(ほどこ)す」ことから「布施」と訳した。
つまり檀那と布施は同じ意味。
古来、仏教の修行として人々に施す「布施」は大事な修行とされた。

現在では布施といえば、僧侶に対する謝礼金の意味となり、檀那といえば家庭の夫をさすことが多い。

【仏教用語と時事】
世界のダンナ様・アメリカはどこに行く

仏教用語『堪能(たんのう)』

仏教では「かんのう」と読む。
意味は忍耐力、よくものに耐える力があることをいう。

そこから、ものごとに耐えて会得したことから、技能に長(た)けている意味が加わり、現在では「もうじゅうぶん堪能した」と使われるように、十分にみちること。気のすむようにすることの意味になった。

法雅は忍耐力には自信はありますよ。

仏教用語『知恵(ちえ)』

古代インド文字(サンスクリット)プラジュニャーが語源。
漢字で般若(はんにゃ)とも書く。
知恵は、仏教一般では智慧と書く。
すべての事物や道理を明らかにし、悟りを開く働きのこと。
また、よく慈悲とそろって用いる。

現在では、ものごとの理(ことわり)を理解し、適切に対処する能力のことをいう。

知恵はいくらあっても良いですね。

仏教用語『畜生(ちくしょう)』

畜生道に生まれた者のこと。
畜生はつねに恐怖心をかかえているゆえ、誰よりも強くなって恐怖から解放されようとするが、自分より力のあるものには依存して生きるため自立できない境遇。
六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)のひとつ。

現在では「この畜生が」と、人を憎みののしってつかう言葉。
また、禽獣のように人に畜(やしな)われている生きもののことをいう。

法雅も人間なので、「こんちくしょう」と思うときがあります。

仏教用語『知見(ちけん)』

真理を悟り知る智慧のこと。
おもに仏知見ともいい仏の悟りや智慧をいう。

現在では「知見を広める」といい、研究や修学などによって得られた知識や見識のことをいう。

勉強することは良いことですね。

仏教用語『知事(ちじ)』

インドの僧院における役職名「カルマ・ダーナ」を漢訳したもの。
寺院の僧侶に奉仕し雑務や庶務をつかさどる役職をいう。
のちに仏教が中国にわたり制度化された。

宋代には地方の長官を指す言葉として使用され、現代にいたる。

【仏教用語と時事】
知事は今も昔もプロデューサー

仏教用語『月の兎(つきのうさぎ)』

昔から月の影を見て、月のなかでうさぎが餅をついている姿だと教えられたが、その由来は仏教の説話からきている。

説話の内容は【仏教用語と時事】にあります。

【仏教用語と時事】
昔から人々の生活に欠かせない月の存在

仏教用語『提唱(ていしょう)』

禅宗でつかわれる用語。
師家(しけ・修行僧を指導する僧侶)が宗門の教えの根本を提示して説法すること。提綱(ていこう)ともいう。

現在では、「提唱する」「提唱者」のように、ある事を提示して、その必要性などを主張すること。

提唱して主張するには強い意志が必要ですね。

仏教用語『道具(どうぐ)』

仏道修行の用具・仏具のこと。
具体的には修行者が身につける3種類の「衣」と托鉢につかう「鉢」をあわせて「三衣一鉢」(さんねいっぱち)。

これが持つことを許された最低限の道具であった。

現在では物を作り、また事をおこなうのに用いる器具の総称をいう。

【仏教用語と時事】
道具を利用してる?利用されてる?

仏教用語『貪欲(どんよく)』

仏教では「とんよく」と読む。
自己の欲したものを、貪(むさぼ)り求める欲望のこと。
その対象は金品・名誉・権力のみならず、愛や命などもふくまれる。
数ある煩悩のなかでも、「貪欲(とんよく)」「瞋恚(しんに)」「愚癡(ぐち)」は三毒とよばれ、もっとも根強い煩悩とされる。

現在でも、自己の欲するものに執着して飽きないすがた。非常に欲のふかいことの意味でつかわれる。

「貪欲に研究している」というように良い表現でもつかいます。

「な行」 の仏教用語

仏教用語『内緒(ないしょ)』

もとは内証で仏教用語。
自らの心のうちで真理を悟ること。内心の悟りであり、本心の意味ももつ。

そこから、内なる本心が内密という意味に変化し、表向きにせず内々にすること。内緒となり現在にいたった。

法雅が中肉小背なのは内緒です。

仏教用語『奈落(ならく)』

古代インド文字(サンスクリット語)のnarakaを音訳したもの。
意味は地獄。

現在では「奈落の底」というように物事のどんぞこ。
最後のどんづまりの意味で使われる。
また劇場で、花道の下や舞台の床下の地下室のことを奈落という。

【仏教用語と時事】
本当の奈落はどこかにあるのではなく、あなたの心の状態のこと

仏教用語『肉眼(にくがん)』

仏教では「にくげん」と読む。
ものを見る力のひとつ。

肉眼は仏教ではもっとも下の能力とされている。
最高は仏眼(ぶつげん)。

【仏教用語と時事】
かんじんなことは目に見えないんだよ

「は行」 の仏教用語

仏教用語『飛行(ひこう)』

仏教では「ひぎょう」と読む。
六神通(代表的な6つの神通力)のうちの神足通(如意通)のこと。仏道修行の結果、空を自在に飛びめぐる、または何かを飛ばすことができたと経典にある。

現在では飛行機を代表するように、空中を飛ぶこと。

たまに「ひぎょう」する夢をみるのは何でだろう。

仏教用語『微妙(びみょう)』

仏教では「みみょう」と読む。
仏法とそれを悟る智慧は言葉では言い尽くせないほど奥深いことをあらわす。

現在の微妙の使われ方は、美しさや味わいが何ともいえずすぐれているさまの意味で使うよりも、何とも表現しようのないさま。
こうと断定できないさまで使われることが多い。

今も昔も、言葉にできないから微妙なんですね。

仏教用語『不思議(ふしぎ)』

もともとは不可思議という。
仏様の智慧や通力は凡夫の私たちでははかることができないという意味。

現在では言葉で表現したり、考えても分からないことを不思議といいます。

【仏教用語と時事】
摩訶不思議、多様性を認めるの?認めないの?

仏教用語『普請(ふしん)』

普(あまね)く請(こ)う。
もとは禅宗寺院でおおぜいの人を集めて、掃除や建築などの作業・仕事を依頼すること。

現在でも、(寄りあつまって)建築や土木の工事をする意味でつかわれている。

あまり意味が変わらずのこっている言葉ですね。

仏教用語『付属(ふぞく)』

仏が弟子に仏法の奥義を伝授し、布教の使命を託すことをいう。

そこから世間一般に後のことを託す意味に変化し、現在は「付属品」のように主たるものについているものに変化した。

【仏教用語と時事】
今と昔とでは意味がちがいすぎる謎

仏教用語『分別(ぶんべつ)』

仏教では「ふんべつ」と読む。
心が外界を思いはかること。理性で物事の善悪・道理を区別してわきまえること。
自分の心が、自分と他人とを比較するなどで煩悩や悩みが生じる。
仏教でいう分別は厄介者とされる。

現在でも、物わかりがよい人のことを「分別(ふんべつ)がある」というが、ほとんどの場合、ゴミを捨てるときの「分別(ぶんべつ)」として使われている。

法雅もゴミ捨てしてますよ。もちろん分別で。

仏教用語『変化(へんか)』

仏教では「へんげ」と読む。
形が変わって違ったものが現れることを意味し、たとえば神や仏が仮にほかの姿となって現れることをいう。
権化(ごんげ)ともいう。

現在では、ある状態からほかの状態にかわることをいう。

【仏教用語と時事】
香港は今、中国化への急激な変化にさらされている

仏教用語『方便(ほうべん)』

もともとは仏様が私たちを教え導く方法のひとつ。
真理に誘い入れるために仮にもうけた教えのこと。

最近では相手を救う目的ではなく、自分の目的のために利用する都合の良い方法のことを「方便」と言う。

【仏教用語と時事】
嘘も方便というけれど

仏教用語『発心(ほっしん)』

菩提心(ぼだいしん・仏の悟りを求める心)を起こすこと。
決意することは仏道修行の第一歩ゆえ、出家して仏門に入る意味ももつ。

現在では、あることをしようと思い立つことの意味でつかわれている。

法雅にも初発心(出家)時代がありました。

「ま行」 の仏教用語

仏教用語『未曾有(みぞう)』

もともとは「びっくりした」という意味。

今までおこったことの無いことに「びっくりした」が本来の意味だが、現在では「今までおこったことの無いこと」の意味として使われている。

【仏教用語と時事】
今回の未曾有なできごとは、ネット社会の定着ではないだろうか

仏教用語『無常(むじょう)』

『涅槃経』に説かれている教え。

すべてのものは常に変化して止まることがないことをいう。

【仏教用語と時事】
変化しつづける自分を受け入れることが必要なのでは

仏教用語『冥福(めいふく)』

人の死後の幸福を祈る意味でつかわれているが、
仏教用語の冥途(めいど)は
「死者の霊魂が迷い行く道。また、行きついた暗黒の世界」
と辞書にあるように、地獄にも通ずるため良い意味ではない。

【仏教用語と時事】
はたして「ご冥福をお祈りします」は正しいのか?

仏教用語『滅相(めっそう)』

有為四相(ういしそう)の一つ。
この世はさまざまな因縁によって生じている。
具体的には因縁によって生じ(生相)、いったんは存続し(住相)、やがて変化し(異相)、最後に消滅する(滅相)。
滅相は、ものごとが消滅するありさまをいう。

現在では、とんでもない。有り得べきことでない意味でつかわれている。

生き続けたい人間にとって滅相は、あってはならないこと(滅相)です。

仏教用語『無間地獄(むげんじごく)』

阿鼻(あび)地獄ともいう。
阿鼻は古代インド文字(サンスクリット)アビチが語源。
苦しみが絶え間なくつづく地獄ゆえ、無間地獄という。

現在でも、労働が過酷でいつまでも終わらない時「まるで無間地獄だ」とつかう場合がある。

最近では『鬼滅の刃』で無間がつかわれていますね。

仏教用語『妄想(もうそう)』

仏教では「もうぞう」と読むことがある。
筋道がたたないおもい。正しくないかんがえのこと。

現在では被害妄想のように、根拠のない自分勝手な想像や信念をいう。または統合失調症などの病的原因によっても起こりうる。

妄想はいけません!

「や行」 の仏教用語

仏教用語『遊戯(ゆうぎ)』

仏教では「ゆげ」と読む。
仏・菩薩が心にまかせて自由自在にふるまうこと。
仏の境地に遊ぶこと。

ただし仏のいう遊ぶとは、人々を思いのままに救うことをいう。

現在では子供などが遊びたわむれることをいう。

【仏教用語と時事】
コロナ禍の遊びは、私たちもお店も気をつかわないと

仏教用語『融通(ゆうずう)』

もともとは異なった別々のものが融(と)け合って障害がないことを意味していた。

現在では臨機応変に事を処理することを意味する。

【仏教用語と時事】
今はスピード命。役所は融通が利くのか?

「ら行」 の仏教用語

仏教用語『利益(りえき)』

仏教では「りやく」と読む。
神仏の力によって授かる良い効果や効き目。恵み。
よく「ご利益」という。

現代では「りえき」と読み、儲(もう)けの意味をもつ。

【仏教用語と時事】
巨大な利益は、時に歴史をも動かす

仏教用語『律儀(りちぎ)』

仏教では「りつぎ」と読む。
仏法を学ぶ者が、「身口意(しんくい)」身のふるまい・言葉・意識においてあやまちを犯さないように自身を抑制すること。
やがて自らを抑制する具体的な定めもさすようになり、法律儀則から律儀となった。

現代では、「律儀な人」のように義理がたく、実直なさまを意味する。

律儀は人間関係をつくるために大事ですね。

仏教用語『流通(りょうつう)』

仏教では「るづう」と読む。
経典の最後に、その法を後世に広め伝えるため弟子に与えることなどを記し、全体を結んだ部分のこと。

現在では「りゅうつう」と読み、おもに貨幣や商品が移動することをいう。

【仏教用語と時事】
生活を支える無数の人たちに感謝

仏教用語『輪廻転生(りんねてんせい)』

車輪がグルグルと回るように、私たちの命は生まれ変わりをくり返しているという意味。

【仏教用語と時事】
『鬼滅の刃』の作者がこめたメッセージ

仏教用語『蓮華(れんげ)』

古代インド文字(サンスクリット)プンダリーカの漢訳。
日本の仏教伝来とともに中国からわたってきた言葉。

仏教の象徴としてなくてはならない植物。
各宗派の本尊は蓮華座の上に安置される。

【仏教用語と時事】
蓮の姿に、人の生き方の見本をみつけたり

まとめ 仏教用語としてはごく一部です。これからも追加します。

今回は、仏教由来の言葉として100語紹介しましたが、仏教の言葉はほんとうに多く、尽きることはありません。

法雅は、まだまだ勉強不足だなと気づかされました。

これからも勉強をかさねて、現代に生きる仏教用語を追加してまいります。
ありがとうございました。

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お疲れ様です。法雅です。今日は大ヒット漫画『鬼滅の刃』を、僧侶目線でかたってみたいと思います。僧侶目線といっても、僧侶を代表しての話しではなく法雅のひとりごとです。法雅は『鬼滅の刃』を見るたび、仏教的に3つのこ[…]

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