仏教用語『愚痴』愚痴を言っても始まらない。もう世の中は変化している

仏教用語『愚痴』の意味

『愚痴』

仏教では「愚癡」と書く。
仏の智恵に暗く、道理が通じない根本的無知をいう。
数ある煩悩のなかでも、「貪欲(とんよく)」「瞋恚(しんに)」「愚癡(ぐち)」は三毒とよばれ、もっとも根強い煩悩とされる。

現在つかわれる愚痴は、言っても仕方ないことを嘆(なげ)くことの意味。

仏教用語『愚痴』と時事をまじえた法雅のひとりごと

コロナ禍でますます「ミニ化」が進む現代社会

「一期一会の御縁に感謝」僧侶歴30年の現役和尚・法雅(ほうが)です。

最近、ニュースを見ていたら、コロナ禍の飲食業界が小さな店舗を積極的に展開していることを知りました。
コロナ禍によりデリバリーやテイクアウトが増えてきたことが理由で、その分、客席を置く必要がないため、開業するにも低コストで融資も受けやすいという内容でした。

取材を受けていた個人営業のお店では、小店舗ゆえ店主ひとりで調理から接客すべてをこなし人件費がかからないと話していました。

また、大手飲食店でも小店舗化が進んでおり、飲食業界の「ミニ化」はしばらくは続きそうです。

コロナ禍で急速に変化してますねぇ。

お葬式は以前から「ミニ化」が進んでいる

こういうミニ化は飲食業界だけではなく、近年からミニ化が進んできた業界があります。

「お葬式」業界です。

お葬式といえば、昔は家族・親族のみならず会社関係や地域住民までもが参列して盛大に行われていました。
お寺やホールを貸し切って、数百人が集まっていました。

もちろん、今もそういうお葬式がありますが、近年急増しているのが「家族葬」です。
じつに現在のお葬式の8割が家族葬ともいいます。

家族、親族を中心に親しい人だけで送る家族葬は、費用が安いのみならず、ゆっくりお別れの時間がとれることがメリットです。

最近では、CMでも小さなお葬式を宣伝するようになりましたし、1日でお別れする「一日葬」や、葬儀をせず火葬のみの「直葬」も増えており、お葬式のミニ化はどんどん進みそうです。

高齢化社会の日本。お葬式のミニ化は自然の流れかもしれません。

コロナ禍を契機に、人との接触が減り、会食も減り、お家時間ばかりが充実している昨今、社会がどんどん「ミニ化」しているように感じます。
これらの大きな変化に対応できない人が、愚痴をこぼすことはよくあります。

ところで、愚痴という言葉、もとは仏教由来の言葉なのです。

生活のなかに生きる仏教用語『愚痴』

そこで本日の生活のなかに生きる仏教用語。

今回は『愚痴』です。
「愚痴」という言葉は仏教からきています。
仏教では「愚癡」と書きます。仏の智恵に暗く、道理が通じない根本的無知のことです。

数ある煩悩のなかでも、「貪欲(とんよく)」「瞋恚(しんに)」「愚癡(ぐち)」は三毒とよばれ、もっとも根強い煩悩とされます。

現在つかわれる愚痴は、言っても仕方ないことを嘆(なげ)くことの意味です。

本来、愚痴は道理が通じないことを指し、正しい生活をするうえで妨げとなります。

このコロナ禍で社会全体がミニ化していくことは、コロナ感染を防止する目的で人流や接触を抑えることであり、命を守るうえで致し方ないものです。
にもかかわらず、積極的に街にでて時間外営業している店で飲食したり、公園で飲酒する行為がなくならないのは、まさに道理が通じない「愚痴の行為」といわざるをえません。

医療崩壊がおきて多数の人が亡くなることは、誰も望まないはずです。

愚痴を言っても始まらない。もう世の中は大きく変化している

コロナ禍がはじまり1年半が経とうとしています。
すでに政治も経済もコロナ禍に対応するため大きく変化しています。

変わろうとしないのは、一人ひとりの問題ではないでしょうか。

変わったことに対して、いくら愚痴をいっても何も始まりません。
それよりか早くコロナ禍が終わるように、一人ひとり感染防止に協力することこそが、楽しい未来が早くくる道ではないでしょうか。(合掌)

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