仏教用語『会釈』相手に会釈する人間にならなきゃと、柔道家の立礼をみて思う

仏教用語『会釈』の意味

『会釈』

そもそも経典を解釈する際の「和会通釈(わえつうしゃく)」の略語。
和会通釈とは、前後相違して見える内容を、互いに照合し、その根本にある意義を明らかにすること。

経典解釈の用語が後の世に、多方面に気を配り、相手に応対することを会釈と呼ぶようになり、現在では軽く首を垂れて一礼すること。おじぎとなった。

仏教用語『会釈』と時事をまじえた法雅のひとりごと

東京オリンピックで日本のお家芸・柔道メダルラッシュ

「一期一会の御縁に感謝」僧侶歴30年の現役和尚・法雅(ほうが)です。

東京オリンピックが開幕して10日が経ちました。

8月1日現在で、日本勢がとったメダルは金17個・銀5個・銅9個、合計31個で、すでに日本にとって最多の獲得数となっています。

無観客開催で大きな声援が無いなか、すばらしい成績です。

そのなかでも柔道は金9個・銀2個・銅1個、合計12個のメダルを獲得しており、日本の柔道がいかに今回の東京大会に照準をあわせて調整してきたかがわかります。

とくに一時は低迷していた男子柔道を、ここまで成長させた井上康生監督の手腕は特筆すべきものがあります。

ちょうど昨夜の報道番組をみて知ったのですが、井上監督は就任以来、今までの指導方法を一新。すべてデータに基づいた指導を行いました。

昨夜放送された柔道のデータを管理する部屋は、まるでどこかのIT会社。
パソコンがずらりと並んでいて柔道とは無縁の世界のようです。

対戦相手の組み手や技のデータのみならず、審判の特性までもデータ化されていました。

もう気合いや根性だけでメダルがとれる時代ではないのですね。

しかし、見方を変えると金メダルをとった選手以外は、全員が負けを経験するという厳しい世界でもあります。

世界中の柔道家たちが毎日のように練習をしてオリンピックに臨み、その大舞台でたった1人だけが負けを経験せず金メダルを獲ります。

つまり、金メダルを獲った人は、負けた全員の思いを背負っているともいえるのです。

ゆえに、柔道では負けた相手に対しても立礼(一礼)をして「尊敬」の意志を示します。

柔道の立礼と会釈のちがい

柔道の立礼と、ふだん私たちがしている会釈。どちらも相手に対する「おじぎ」に変わりはありませんが意味合いがちがうようです。

まず柔道の立礼はルールによって決まっています。

「全ての立礼は腰のところで約30度の角度であること」(国際柔道連盟試合審判規定)

しかも一呼吸(約4秒)の間に、上体を約30度曲げて元の姿勢に戻すのが基本です。

とても丁寧な一礼ですね。

どうして、相手に対してそこまでするのでしょうか。
その理由は「全日本柔道連盟」が作った授業用のガイドブックに載っていました。

「礼の種類」

 礼には目に見える相手に対する礼と神仏など目に見えないものに対する礼がある。目に見えないものに対する礼は畏敬、感謝、願いなどの心がこもっている。対人的な礼にもその心が欲しい。人前を通る時の会釈の習慣なども伝統的な行動の仕方として身に付けたい。

出典:『平成30年度 安全で楽しい柔道授業ガイド』

柔道は、相手がいて初めて試合が成立するもの。その相手も、この試合に向けて努力して臨んでいます。
そういう相手を尊敬し、試合ができることを感謝する心を立礼であらわしています。

このように考えると、ただおじぎをする(現在の)会釈とは意味がちがうことに気づきます。

ところで、会釈という言葉、もとは仏教由来の言葉だということを知らない方が多いと思います。
しかも、今とずいぶん意味がちがうのに驚きます。

生活のなかに生きる仏教用語『会釈』

そこで本日の生活のなかに生きる仏教用語。

今回は『会釈』です。
「会釈」という言葉は仏教からきています。
そもそも経典を解釈する際の「和会通釈(わえつうしゃく)」の略語です。
和会通釈とは、前後相違して見える内容を、互いに照合し、その根本にある意義を明らかにすることです。

経典解釈の用語が後の世に、「多方面に気を配り、相手に応対すること」を会釈と呼ぶようになり、現在では軽く首を垂れて一礼すること。つまり、おじぎとなりました。

仏教用語の会釈は、仏様の教えを解釈するために使われる言葉でした。

一見ちがうように思えるいくつかの内容を深掘りし、意味が通じるように解釈することを「和会通釈」。略して「会通(えつう)」とか「会釈(えしゃく)」といいます。

この意味が時代が下がるにしたがって、教えの解釈から、多方面に気を配り相手の心を読んで応対する意味に変化。

そして江戸時代ころには軽く頭を下げて一礼したり、挨拶することを会釈というようになりました。

教えの解釈から、おじぎへと。変わりすぎでしょ。

相手に会釈する人間にならなきゃと、柔道家の立礼をみて思う

現在の会釈の意味は、相手におじぎをする意味でつかわれており、ずいぶん意味が変わりました。
しかし、悲しいことに最近は相手におじぎすらできていない人が増えているようです。

オリンピックで柔道選手の立礼をみると、法雅自身とても気持ちが洗われスッキリします。

なんて気持ちのいい姿勢なんだ。

相手を敬う気持ちを立礼であらわす柔道家とまでとはいいませんが、知人やお世話になった人と出会ったら気持ちよく会釈できる人間になりたいものです。(合掌)

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