仏教用語『縁起』縁起によって成り立っている私たち。だからこそ努力が必要です

仏教用語『縁起』の意味

『縁起』

すべての出来事・存在は、さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立しているという仏教の根本的な教えのこと。因縁生起。

現在では「縁起がいい」「縁起がわるい」といった、自分の都合による吉凶の兆しにのみとらえられ、縁起をかつぐ行為が目立つようになった。

仏教用語『縁起』と時事をまじえた法雅のひとりごと

信号機が倒れたのは散歩中の犬のおしっこが因縁?

「一期一会の御縁に感謝」僧侶歴30年の現役和尚・法雅(ほうが)です。

今回は最近ニュースになった出来事で気になった話題からお話しします。
記事を引用すると長くなるので要点をまとめます。(出典:『毎日新聞』7月13日付)

  • 三重県鈴鹿市で2月、横断歩道の信号機が根元から突然折れた。けが人はなかった。
  • 耐用年数約50年のはずが23年で倒壊したため、県警科学捜査研究所(科捜研)が出動。調査したところ、同時期に設置した信号機の約40倍の尿素が根元から検出された。
  • 県警は、犬のおしっこに含まれる尿素や塩分が信号機の鉄製の柱(高さ6・5メートル)を腐食させた可能性が高いと結論づけた。
  • 県警交通規制課は「現場は小学校の通学路で、通学時間帯に事故が起きる可能性もあった」と指摘。「長年尿がかけられれば、信号機という公共施設は傷み、倒れる可能性もある。家で排せつを済ますなど飼い主の意識を高めてほしい」と求めている。

このニュースを聞きながら、ふと思ったことがあります。

近い将来、犬の散歩も気兼ねする世の中になるのかな。

このニュースの聞き方によっては「飼い主の意識が低いせいで信号機が倒れた。今回はたまたまけが人がいなかったのが幸いだ」とも聞き取れるからです。

もしも、信号機が倒れたことでけが人が出たとするならば、さっそく国会で取り上げられ、犬の散歩についての法律でも定めるのでしょうか。

一部の人間の仕業(しわざ)よって、全体が生きにくい社会になってはいないか

そんな大袈裟なと思う方もいるでしょうが、近年では、ごく一部の特殊な事例によって法律が改められ、私たちの生活が影響をうけることがよくあります。

窓口にいけば本人確認を求められたり、手続きが面倒になったり、提出する書類が増えたり、そういう些細なことが積み重なって「生きやすさ」が削がれていく社会になっていくのです。

もちろん犯罪は許せませんが、一部の犯罪者によって、善良な市民がかえって「生きにくい社会」になるのはどうなんでしょうか。

今回、散歩中の犬の尿によって信号機が腐食し倒れたことにより、犬の排せつは家で済ますべきという専門家の意見が放送されました。
一方、犬が散歩中にマーキングするのは、犬どうしのニオイの情報交換しているというのが最近の見解です。

つまり、排せつを家で済ますことで犬どうしのコミュニケーションを減らした結果どうなるのか。
これは誰も述べていません。

また、排せつ目的で犬の散歩をしている人も多いはず。
もし、家で排せつすることを強く求める社会になったら、犬の散歩自体を辞めてしまう人も増えることでしょう。

そうなったら、どのような変化が起きるのか。
これもまだ誰も述べていません。

ただ、犬の排せつはけっして無駄なことではなく、また人間の排せつと同じ価値観で考えることもちがうと思います。
飼い主の意識を高めることを求めるのではなく、もっとちがう角度から飼い主に提案できる社会になってほしいと思います。

今回、信号機に犬の尿が長年かけられたことで2つの変化が起きました。

  1. 信号機は50年の耐用年数でありながら、23年で倒れてしまった。
  2. 家での排せつを求める専門家の意見が放送され、犬の散歩について考えさせられた。

まさに、「信号機に犬の尿が長年かけられた」という『因縁』によって、物事が変化し起きたものです。

小さい出来事ですが、これが仏教で説く縁起といってよいでしょう。

生活のなかに生きる仏教用語『縁起』

そこで本日の生活のなかに生きる仏教用語。

今回は『縁起』です。
「縁起」という言葉は仏教からきています。
すべての出来事・存在は、さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立しているという仏教の根本的な教えのことです。因縁生起。

現在では「縁起がいい」「縁起がわるい」といった、自分の都合による吉凶の兆しにのみとらえられ、縁起をかつぐ行為が目立つようになりました。

本来仏教は、原因と結果という道理を大事にする教えです。

たとえば、勉強をすれば結果として成績が上がります。

でも実際はそんな単純なものではないですよね。

教え方のうまい塾の先生と出会ったことで成績がとても上がることもあれば、反対に友達から誘われて遊んだことで成績が下がることだってあります。

このように同じ勉強でも、勉強の環境や条件で結果が左右する。これが縁です。

そして、すべての出来事や存在は、さまざまな原因や縁によって成り立っている。これが縁起です。

さきほどの信号機も、ただ立っているのではなく、犬の尿を長年かけられたことにより倒れ、倒れたことでいろいろな議論が起きるという縁起の連続が起きていることにお気づきでしょう。

このように、私たちの人生のみならず、地球上の歴史もふくめて縁起によって成り立っているのです。

縁起によって成り立っている私たち。だからこそ努力が必要です

仏教の教えはかなり科学的なものだと法雅は思います。

しかし、いつからでしょうか。縁起の使い方がずいぶん変わってきています。

現在では「これをやると縁起が良い」とか言って、自分の努力関係無しに良い結果になると思い込む人々が増えているようです。

あの屈強なプロ野球の選手たちが、小さな物を身につけたり、生活ルーティンにこだわったりして縁起をかつぐ行為がよく見られます。

つまり見方を変えれば、どんな人でも不安はつきもの。何かをより所にしたい気持ちのあらわれと考えます。

もちろん自分の努力無しに縁起をかつぐことだけをしても意味はありません。(合掌)

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