仏教用語『阿鼻叫喚』阿鼻叫喚の地と化したミャンマー。なんとか救えないものか

仏教用語『阿鼻叫喚』の意味

『阿鼻叫喚』

阿鼻地獄(無間地獄)の苦しみに堪えきれず泣き叫ぶさまのこと。
阿鼻(あび)は古代インド文字(サンスクリット)アビチが語源。
阿鼻の意味は、苦しみが絶え間なくつづくことで、無間ともいう。

現在では、大災害の時など甚だしい惨状を形容する言葉としてつかわれる。


仏教用語『阿鼻叫喚』と時事をまじえた法雅のひとりごと

若いころに感動した映画『ビルマの竪琴』

「一期一会の御縁に感謝」僧侶歴30年の現役和尚・法雅(ほうが)です。

法雅は若いころ、テレビで『ビルマの竪琴』(1985年上映)を見ました。
太平洋戦争終戦後、各地の日本兵が降伏し日本へ帰国するころの話しです。

当時ビルマに於いても、日本兵が投降したり、一部は玉砕したりしていました。
無数の死体を見た水島上等兵(中井貴一)は、戦争の悲惨さをしり、戦死した祖国の兵をビルマに置いて自分だけ日本に帰ることはできないと、ビルマに残る道をえらびます。

映画の最後のシーンで、一緒に日本へ帰ろうと呼びかける戦友たちに、僧侶に扮した水島上等兵が竪琴を弾きながら仲間たちのもとを静かに去るシーンがとても印象的でした。

とても有名なシーンです。

戦争という阿鼻叫喚の世界。死んだ仲間たちのため自分が僧侶になり、ひとり戦地にのこり供養する道をえらんだ姿に感動しました。

法雅の世代は、親や祖父母が戦争を体験しており、近所のおじさんが近くの子供を集めては戦争の苦労話しをしていた世代です。

昭和世代は戦争を身近に感じる世代なのです。

現在もミャンマーは阿鼻叫喚の地

余談ですが、この『ビルマの竪琴』のロケは、ビルマ(現在のミャンマー)の隣国・タイで行われました。
理由は当時のビルマはとても治安が悪かったせいです。

あれから40年たった現在のミャンマーはどうでしょうか。
残念ながら今も治安が悪いのが現実です。

10年ほど前、アウン・サン・スー・チー氏が復権してミャンマーの政権をにぎったころは「ミャンマーの春」と言われ、多くの外国資本が集まりました。

ところが2月1日、国軍がクーデターを起こしスー・チー氏は失脚、抵抗する市民を徹底的に弾圧し始めました。
現在では毎日のように、市民を弾圧する様子がニュースで流れ、それを見て心を痛めています。

まさにミャンマーは、甚だしい惨状を意味する阿鼻叫喚の地なのです。

なんとかならないのでしょうか。

ところで、阿鼻叫喚という言葉、もとは仏教由来の言葉なのです。

生活のなかに生きる仏教用語『阿鼻叫喚』

そこで本日の生活のなかに生きる仏教用語。

今回は『阿鼻叫喚』です。
「阿鼻叫喚」という言葉は仏教からきています。
阿鼻地獄(無間地獄)の苦しみに堪えきれず泣き叫ぶさまのことで、阿鼻(あび)は古代インド文字(サンスクリット)アビチが語源です。
阿鼻の意味は、苦しみが絶え間なくつづくことで、無間ともいいます。

現在では、大災害の時など甚だしい惨状を形容する言葉としてつかわれています。

阿鼻は「無間」ですから、「絶え間なく」泣き叫ぶような苦しみが襲うことを仏教では阿鼻叫喚といいます。
現在でも、甚だしい惨状を意味する言葉として使われていますので、意味としてはあまり変化していないようです。

せめて市民への暴力を止める方法はないだろうか

これらミャンマーの様子に対し、法雅個人としてはスー・チー氏も国軍も支持しません。

あれだけ絶大な権力をにぎっていたにもかかわらずスー・チー氏は、国軍のクーデターを招いてしまった、その政治手腕には疑問をもっています。

一方、国軍はどのような事情があるにせよ、丸腰の市民を銃で撃つなんて決して許されるはずはありません。
本来なら、他国の軍隊の侵入をふせぐべき国軍が、自国の市民を撃つことは軍として恥ずべきことです。

報道で流れている国軍の姿は、まるで抵抗する市民を「狩っている」姿そのものです。
絶対に受け入れられるものではありません。

せめて、市民への暴力を止める方法はないのでしょうか。

政治のツケが市民に回ってくることはよくありますが、暴力や戦争という形で回ってくることだけは絶対に防がなくてはならないと、昭和世代は強く思っています。(合掌)

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