仏教用語『修羅』の意味
『修羅』
古代インド文字(サンスクリット)アスラが語源。修羅は阿修羅の略。
インド神話に登場する阿修羅は、のちに帝釈天と戦いつづける闘争の神となる。
この性格から、闘争の世界や境遇を阿修羅道(修羅道)といわれるようになる。
六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)のひとつ。現在でも、闘争を好む性格や境遇のことを修羅道といい、闘争の場面を修羅場という。
仏教用語『修羅』と時事をまじえた法雅のひとりごと
北九州の指定暴力団・工藤会トップ(総裁)に福岡地裁は死刑を言いわたす
「一期一会の御縁に感謝」僧侶歴30年の現役和尚・法雅(ほうが)です。
昨日、福岡地方裁判所での1つの判決に報道各社は注目していました。
この裁判は、福岡県北九州の指定暴力団・工藤会が平成10年から26年にかけて、4人の市民を拳銃や刃物で襲って死傷させた事件の裁判です。
- 漁協元組合長 射殺事件
- 元警察官 銃撃事件
- 看護師 刺傷事件
- 歯科医師 襲撃事件
どれも怖い事件ばかりです。
警察は「壊滅作戦」と呼ぶ徹底的な取り締まりと捜査の末、平成26年これらの事件の首謀者として工藤会トップを逮捕。検察は殺人などの罪で起訴しました。
今回の裁判の注目すべきところは、工藤会トップはこれら事件を指示したとする検察側の主張には直接的な証拠はありません。
証拠が不十分ななか、裁判所はどういう判断をするのか注目されていました。
昨日の判決で裁判長は、主文を述べずに判決理由を読み上げました。
- 厳格な統制がとれた工藤会で、トップの意志決定なしに犯行が行われたとは考えられない
- 暴力団組織が一般市民を襲撃するという極めて悪質な犯行
- 被告からは反省の情を見て取れず、極刑を回避すべき特段の事情は見いだせない
これらの内容の判決理由を読み上げ、4つの事件すべてトップが首謀したとして死刑を言いわたしました。
すこしでも社会が平和になることを祈るばかりです。
暴力団といえば「修羅」という言葉が浮かびます。
修羅という言葉の意味を知ると、暴力団と私たち一般市民は決して無関係ではないことが分かります。
自戒の意味を込めて今回は仏教用語の修羅を紹介します。
生活のなかに生きる仏教用語『修羅』
そこで本日の生活のなかに生きる仏教用語。
今回は『修羅』です。
「修羅」という言葉は仏教からきています。
古代インド文字(サンスクリット)アスラが語源。修羅は阿修羅の略。
インド神話に登場する阿修羅は、のちに帝釈天と戦いつづける闘争の神になります。
この性格から、闘争の世界や境遇を阿修羅道(修羅道)といわれるようになります。
六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)のひとつ。
現在でも、闘争を好む性格や境遇のことを修羅道といい、闘争の場面を修羅場といいます。
仏教用語の修羅は「阿修羅」の略で、闘争の神として有名です。ですが、もともと阿修羅は天界の神だったのです。
どうして闘争の神になったのでしょうか。こういう説話があります。
阿修羅が闘争の神になったわけ
もともと阿修羅は天界のなかで「正義を司る神」と言われ、帝釈天が主である三十三天に住んでいました。
阿修羅にはシャシーという娘がおり、いずれ帝釈天に嫁がせたいと思っていました。
ところが帝釈天が待ちきれず、シャシーを力ずくで奪ってしまったのです。
怒った阿修羅は、帝釈天に戦いを挑むことになりました。
それに追い打ちをかける事態が起こります。
娘のシャシーは帝釈天を愛してしまったのです。
これは父である阿修羅とその一族を裏切る行為であり、阿修羅の怒りは頂点に達し天界を巻き込む大戦争となりました。
やがて復讐の悪神と化した阿修羅は帝釈天にやぶれ、天界から追放されてしまうのです。
正義の神・阿修羅が「復讐の悪神」に変貌するとは。
阿修羅の物語は、誰もが修羅の心をもつ教訓だと受け止めるべき
正義の神・阿修羅は、愛していた娘に裏切られ復讐の悪神へと変わり、ついには天界から追放されます。
この話しって、じつは私たちの身のまわりでも起きることだと思いませんか?
- 大事にしていた物を奪われる
- 身内に裏切られる
- 信頼していた人に騙される
修羅の道に生きる暴力団と私たち。
これはけっして無関係ではなく、誰でも暴力団に入る要素があります。
理由は、誰でも修羅の命をもっているからです。(合掌)