仏教用語『知見』過去の歴史の知見は、いつの間にか更新されている

仏教用語『知見』の意味

『知見』

真理を悟り知る智慧のこと。
おもに仏知見ともいい仏の悟りや智慧をいう。

現在では「知見を広める」といい、研究や修学などによって得られた知識や見識のことをいう。

仏教用語『知見』と時事をまじえた法雅のひとりごと

NHKの大河ドラマと歴史研究の関係について

「一期一会の御縁に感謝」僧侶歴30年の現役和尚・法雅(ほうが)です。

法雅は歴史が大好きです。
自分でも理由は分かりませんが、初めから歴史が大好きでよく勉強しましたし、歴史だけはとても成績はよかったです。
その影響からか、今でも歴史物は好きですし、NHKの大河ドラマは毎週楽しみにしています。

とくに戦国時代と幕末が好きという戦乱好きな法雅です。

今年は『青天を衝け』を毎週見ています。
渋沢栄一のことは、以前東北にいたときに住んでいた街と渋沢栄一とは少し縁があり、明治時代の大起業家として知っていました。

法雅が考える大河ドラマの醍醐味は、渋沢栄一がどのような人生を歩んだかよりも、渋沢栄一にどのような人たちが関係し、彼を大起業家に育て上げたか。その群像劇のおもしろさだと思います。

もちろん、大河ドラマはあくまでドラマ。史実とは別ものという見方で楽しんでいます。
しかし、大河ドラマで取り上げられたことにより、その分野の歴史研究が進んでいることも事実です。

大河ドラマは、史実の研究にも一役買っているのです。

今年の『青天に衝け』では、渋沢栄一と徳川慶喜に関する記事が大学や研究者から出ており、彼らの人柄や功績を知ることができます。

『麒麟が来る』の影響か。「本能寺の変」の新たな史料が意外なところから

つい先日、『世界ふしぎ発見!』(TBS)を見ていたら、戦国最大の謎とされる「本能寺の変」について新たな史料が発見されたことを放送していました。
ちょうど今年の1月まで明智光秀を題材にした『麒麟が来る』を毎週みていたので、かじりつくように番組を見ました。

番組では「本能寺の変」について、新たに2つの史料が見つかったことが紹介されました。

史料①乙夜之書物(いつやのかきもの)

1つは『乙夜之書物(いつやのかきもの)』です。
これは江戸時代前期の加賀藩士・関屋政春(せきやまさはる)が、当時の古老から聞き取った戦国時代のエピソードを自筆したものです。

そのなかに、明智光秀の重臣・齋藤利三の三男・利宗が語ったとされる「本能寺の変」挙兵の経緯が書かれています。
また本能寺の変の時に信長に仕えていた侍女の証言も書かれ興味深いところです。

史料②ルイス・フロイスの書簡

2つは、当時のイエズス会宣教師ルイス・フロイスの書簡です。

その書簡によると、織田信長は徳川家康を本能寺に招いて殺す予定でしたが、明智光秀は命令に背き、逆に信長を討ったと書かれています。
これが真実だとすれば、徳川側からすると光秀によって救われたことになります。

そのせいでしょうか。
先述の齋藤利三の三男・利宗は徳川家の旗本に取り立てられ、利三の娘・春日局は江戸幕府三代将軍・家光の乳母(生母という説もある)になりました。

このように明智光秀の家臣が重用された背景が、じつは本能寺の変を起こして徳川家康を助けたことに関係するならば、「裏切り者」と称された明智光秀の見方がすこし変わってきます。

もちろん。これもまだ史実とは断定できませんが。

このように、世の中が注目すると歴史研究が進み、より一層法雅の知見が広がるので楽しいです。

ところで、知見という言葉、もとは仏教由来の言葉なのです。

生活のなかに生きる仏教用語『知見』

そこで本日の生活のなかに生きる仏教用語。

今回は『知見』です。
「知見」という言葉は仏教からきています。
真理を悟り知る智慧のことで、おもに仏知見ともいい仏の悟りや智慧をいいます。

現在では「知見を広める」といい、研究や修学などによって得られた知識や見識のことをいいます。

仏教でいう知見は、仏様の悟りですから、なかなか理解できるものではありません。
ですが、長い間修行することで、だんだんと理解ができ、悟りに近づいてきます。

歴史の研究も同様です。
過去に本能寺の変という事件があったのは事実です。
しかし、なぜ起こったのか、どのようにして起こったのかという真実(真理)はまだ謎です。

きっと長年の研究でだんだん知見が深まっていくでしょうし、そのうち歴史の教科書も更新されていくことでしょう。

歴史の研究が進んで真実(真理)を知れれば、ある意味本当の「知見」ですね。

過去の歴史の知見は、いつの間にか更新されている

歴史の研究は、研究者の長年の努力によって正しい知見が日々積み上がっているようです。
その結果、いつの間にか今までの常識がひっくり返っていて驚きます。

たとえば、法雅が歴史を学んだ昭和時代には、縄文時代は狩猟中心で、弥生時代から農耕がはじまったと学びました。
今では、縄文時代からすでに農耕がおこなわれていたことが確定され、教科書も更新されています。

また「いい国(1192年)作ろう鎌倉幕府」とせっかく覚えていたのに、今では使われません。

このように、歴史の研究は日々行われており、その成果はいつの間にか更新されているものです。

歴史好きを公言する法雅は、常にアンテナを立てて新しい歴史の知見をとりいれ更新(アップデート)していきます。(合掌)

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