仏教用語『律儀』律令国家の基をつくった聖徳太子が亡くなって1400年の本年

仏教用語『律儀』の意味

『律儀』

仏教では「りつぎ」と読む。
仏法を学ぶ者が、「身口意(しんくい)」身のふるまい・言葉・意識においてあやまちを犯さないように自身を抑制すること。
やがて自らを抑制する具体的な定めもさすようになり、法律儀則から律儀となった。

現代では、「律儀な人」のように義理がたく、実直なさまを意味する。

仏教用語『律儀』と時事をまじえた法雅のひとりごと

昔の1万円札でお馴染みだった聖徳太子とその生涯

「一期一会の御縁に感謝」僧侶歴30年の現役和尚・法雅(ほうが)です。

聖徳太子と聞けば、法雅は昔の1万円札を思い出します。
一時は5千円札も聖徳太子でしたので、「どんだけすごい人なんだろ」と子供心に思っていました。

やがて歴史の授業のなかで聖徳太子のことを学びました。

聖徳太子は太子の死後に贈られた名前で、実際は厩戸王(うまやとおう)と呼ばれていました。

聖徳太子(厩戸王)のおもな年表は次の通りです。

  • 574年…用明天皇の第二皇子として誕生する
  • 587年…蘇我馬子とともに物部氏と戦う
  • 593年…伯母にあたる推古天皇が即位。太子は摂政として天皇を補佐
  • 594年…推古天皇により、仏教興隆の詔が発せられる
  • 603年…冠位十二階を制定する
  • 604年…憲法十七条を制定する
  • 607年…遣隋使を中国に送る
  • 622年…2月22日、49歳で亡くなる

古代日本の聖人であり、政治家でもある聖徳太子。とても不思議な魅力をもつ人物だと思います。

参照サイト:『なら記紀・万葉』聖徳太子保存版特集

「仏教」と「律令」を取り入れ『天皇を中心とした仏教国家』を目指した聖徳太子

いったい聖徳太子はどのような日本を作ろうとしたのでしょうか。

天皇を中心とした仏教国家

一言でいえば、これに尽きるのではないでしょうか。

そのために聖徳太子は2つの方法をとりました。

  1. 伝来して間もない仏教を積極的にとりいれ支援した
  2. 中央集権国家体制の確立のため、律令を取り入れた

ひとつずつ簡単にお話しします。

①伝来して間もない仏教を積極的にとりいれ支援した

仏教は6世紀、百済の聖明王の使いで訪れた使者が、欽明天皇に仏像・経典・仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりとされています。

聖徳太子は、この伝来して間もない仏教を積極的に取り入れ、しかも四天王寺をはじめ7つの寺院を建立したと言い伝えられています。

さらに太子は仏教の勉強にも長けており、『三経義疏(さんぎょうぎしょ)』というお経の解説書を完成させたほどです。

本腰を入れて仏教を広めようとしたことがわかります。

②中央集権国家体制の確立のため、律令を取り入れた

聖徳太子は大陸の進んだ制度を取り入れ、天皇中心の中央集権国家を目指しました。

そのためには能力の高い者を登用し、国際的な地位を高める目的で「律令」を取り入れました。
律令は中央集権のための基本法で、「冠位十二階」や「憲法十七条」の制定もその一環です。

聖徳太子はこのように仏教と律令を取り入れ、大陸にも認められる『天皇を中心とした仏教国家』を目指していたのです。

さて、国を治めるために「律令」があるように、仏教には修行者が守るべき定めに「律儀」という言葉があります。
現在では、律儀といえば義理がたい人のことをいいますが、じつは仏教由来の言葉なのです。

生活のなかに生きる仏教用語『律儀』

そこで本日の生活のなかに生きる仏教用語。

今回は『律儀』です。
「律儀」という言葉は仏教からきています。
仏教では「りつぎ」と読みます。
仏法を学ぶ者が、「身口意(しんくい)」身のふるまい・言葉・意識においてあやまちを犯さないように自身を抑制すること。

やがて自らを抑制する具体的な定めもさすようになり、法律儀則から律儀となりました。

現代では、「律儀な人」のように義理がたく、実直なさまを意味します。

仏教用語の律儀は「法律儀則」からきており、仏道修行者の守るべき「きまり」や「ふるまい」のことです。

本来は自分自身で抑制し修行の目的を達成すべきですが、時代がくだり、修行者も多くなることで明文化されました。
今でも各宗派ごとに、律儀が定まり明文化されています。

僧侶としての信条や行動、罰則規定などが定まっています。

律令国家の基をつくった聖徳太子が亡くなって1400年の本年

2021年の本年、聖徳太子没後1400年を迎えるにあたり、奈良県では「聖徳太子プロジェクト」と銘打ち、講演会や特別展などを展開しています。

聖徳太子の存在は、今の人にとっても惹かれるものがあるのでしょう。

仏教と律令を取り入れ、大陸にも認められる『天皇を中心とした仏教国家』を目指していた聖徳太子。

あれから1400年の歴史が流れ、時代は何度も大きく変わって現代に至っていますが、それでも人々から尊敬を集めている人物です。

そのカリスマ性はいったいどこから出ているのか興味があります。(合掌)

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