9話 人生最大の挫折。の巻

さて上の子供が巣立ち、親として大仕事のひとつが終わり、万事うまくいったことに充実感を感じていました。
そのころ法雅にはある計画がありました。

先妻と離婚して4年経ち、まわりの環境が落ち着いてきたことと、両親がともに70歳をすぎ老いてきたことを考慮した時、そろそろもう一度身を固めなければならないと思いました。

数年前から結婚を前提にお付き合いをしていた女性がいました。
女性のご家族はもちろん、法雅の家族にもお付き合いしていることを以前から伝えていました。

その女性は法雅のお寺の檀家さんです。
檀家さんからお寺に嫁ぐことを考えたとき、どうやったらまわりの檀家さんへの反響を最小限にできるか検討を始めました。

檀家さんといえど、いろんな感情をもつ人間の集合体です。
ひとつ手順をまちがえば檀家さんの気持ちがお寺から離れるかもしれません。

そこは慎重にことを運ぼうと思いました。
法雅の計画では、時間をかけて主要な檀家さんの納得をえて、結婚の準備を進めようと両親とも相談していました。

しかし。事態は思わぬ形で進んでいくのです。

法雅が結婚の準備をしていることを聞きつけた先妻の母親が、宗派の宗務庁に法雅の告発状を出したのです。

宗務庁というのは宗派を統括する宗派の役所のようなところです。
法雅の宗派はある意味とてもまじめな宗派ですので、一檀家からの手紙にもきちんと対応します。

おそらく告発状の内容について確認するため宗務庁に呼ばれるだろうと覚悟しました。

告発状の内容はまだ知りませんでしたが、受理されたようだということは聞きました。すぐに呼ばれるだろうと思っていましたが、なかなか連絡がきません。

そうこうしているうちに1ヶ月経ちました。
「あれ?立ち消えかな」と思った矢先、呼び出しの連絡がきました。
受話器をおいたとたん、体が震えました。

呼び出しの日。婚約者とともに運転をして宗務庁に向かいました。

告発状の内容も気になりますし、いったい何を言われるのかもわかりません。
もしかしたら僧侶をクビになってしまうのだろうか。

不安でとても1人でいける自信はありませんでした。

小さい部屋にとおされて査問が始まりました。宗派の高僧たちが3人入ってきました。
告発状の内容について正しいかどうか聞きたいと言われ、その手紙を読み始めました。

その内容はおおよそ予想してた通りでした。
ですが、かなり脚色の多いもの。憶測で書かれているものばかりでした。

たとえば、住職になったころの話し、お金に困っている檀家さんたちにお金を貸したことがありました。
結局、その檀家さんたちはお金を返す力がなく、あきらめた法雅が自分で立て替えたということがありました。

その金額は200万円です。

弁護士が間に入ってもらい金融機関にかけ合い10年かけて返済し終わりましたので、法雅にとって過去の話しでした。

告発状ではその金額が1,000万円になっていました。

また事実ではないことも書かれていました。
告発状の中身は内容がとうてい信用できるものではないものでした。

それもそのはずです。告発状を出した元義理の母は重度の精神疾患者だったのです。

しかし。告発状の内容はともかく、査問の方向性は法雅の住職としての資質を問われる展開でした。

あとでわかったことですが、告発状を受理して1ヶ月経過した理由は、宗務庁として内偵をしていたのです。

許可無く(7話で登場した)伯母を住まわせていたことも糾弾されました。

要は「お寺を私物化している」ということです。

法雅にとって不利な展開に終始し、最後に言われました。
「今のお寺から引っ越してもらうことを今から言っておく」つまり転勤することが決まったのです。

法雅は10年以上の歳月をかけて檀家さんと仲良くし、お寺の整備に努めてきたその努力が、内容に信憑性の無い告発状によって消えてしまったことに絶望しました。

少しは理解してもらえるだろうとの淡い期待は消え、いったい誰を信用していいのか分からなくなりました。

帰り道。悔しさのあまり婚約者の前で号泣しました。

お寺に帰り、両親に報告をし、次の日から荷物をまとめ始めました。
後日、北海道への転勤が決まりました。

(新天地・北海道へとつづく)

法雅の浮き沈みアイキャッチ画像
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