あの悪夢のような大事件から、法雅は完全に人間不信になってしまいました。
心の中で「がんばったって意味はない。もうどうでもいいや」という気持ちが大きくなり、無気力のまま引っ越し作業をしていました。
法雅にとって信じられる人。それは婚約者しかいませんでした。
「そうだ。もうこの土地を離れるのだから、いつ結婚しようが関係ない。北海道に行ったらすぐ結婚しよう」そう思い、婚約者にお願いして一緒に北海道にいってもらうようにしました。
婚約者にしてみたら、法雅の都合で生まれ育ったふるさとを離れるのですから複雑な気持ちがあったはずです。
しかし、この時の法雅はそこまで考える余裕がありませんでした。
住み慣れたお寺に新しい住職が入ってくる日にちが迫っています。
荷物をつめこんだり、書類を整理したり、掃除したりと忙しい毎日でした。
両親と伯母は北海道にいくかどうか話し合いました。
法雅がこの土地を離れるのに置いていく選択肢はありませんでしたので、一緒に北海道に行くことにしました。
大人5人が移動する荷物の量はかなりのものです。
出発の日。お別れにきた多くの檀家さんたちが来てくれました。
法雅が皆さんの前で挨拶したとき、さすがに感極まり声をつまらせました。
それは「こんなかたちでお別れとなり申し訳ない」という気持ちからでした。
聞いてくれた檀家さんからすすり泣く声が聞こえてきました。
こうして法雅たち家族は、多くの見送りの方に手をふられて出発しました。
途中、婚約者と合流し北海道へと向かいました。
青森港からフェリーにのり函館に着きました。
北海道に上陸です。すっかり真夜中になりましたが、無事転任地のお寺に着きました。
着いたといっても布団がありません。みな座布団を下にならべて、その上で寝ました。
転任地のお寺は、先代の住職が夫婦で長年住んでいて今回老齢により隠居したため、かわりに法雅がそのお寺の住職を勤めることになりました。
土地は広いのですが建物は古く檀家さんの人数も前任地より少ないお寺です。
次の日、引っ越しの荷物がとどき家族総出で荷物を入れました。
今度のお寺は前のお寺より部屋数が少ないことに気づきました。
法雅の部屋は婚約者とともに六畳間です。
この狭い空間に大のおとな5人がくらすことは無理があったのかもしれません。のちに新たな展開になるのですが、これは後日にします。
さて。檀家の皆さんとはじめて顔を合わせた日。総代さんが法雅に頼んできました。
「住職。檀家用のトイレを直してくれませんか?」
この一言から、1年がかりの工事がはじまるのです。
北海道での生活も浮き沈みが待っていました。