『函館カール・レイモン』伝説のドイツ人ハム職人の物語

お疲れ様です。法雅です。

今回は函館にあるハム・ソーセージ老舗ブランド「函館カール・レイモン」をご紹介します。

函館へ観光に訪れた方はすでにご存じでしょう。

函館には有名なお店やブランドがいくつもありますが、函館カール・レイモンはそれらを代表する老舗ブランドです。

カール・レイモンはドイツ出身のソーセージ職人の名前です。

カールレイモンの写真

大正14年(1925)に函館市で創立してからおよそ100年間、彼がつくってきたハムとソーセージは函館市民のみならず観光客にも愛されてきました。

では、カール・レイモン氏とはどんな人だったのでしょう。

「胃袋の宣教師」カール・ワイデル・レイモン

カール・レイモン氏の略歴を紹介します。

下記に年表を載せましたのであわせてご覧ください。

もっと掘り下げて知りたい方は公式ホームページをお読みください。

カール・レイモン氏が遺した言葉があります。

私がずーっと心がけてきたことは、ただまじめに働くことですよ。

そして、私の作ったハム・ソーセージを喜んで食べてくれる人が一人でも増えれば私の喜びも確実に増えるのですからね。

これはお金では買えないものね。

だから私は、”胃袋の宣教師”だと思っているんですよ」

参照『函館カール・レイモン公式ホームページ』http://www.raymon.co.jp/brand/index.html

カール・レイモン氏の人生は3つのポイントにまとめることができます。

  • 「胃袋の宣教師」と自称するほど生涯ハム・ソーセージを作りつづけ、畜産振興の指導にもあたった。
  • 第二次世界大戦によって苦労を強いられたが函館の地でハム・ソーセージを作り続けた。
  • コウさんと駆け落ちし結婚するなど、妻コウさんを生涯愛し続けた。

カール・レイモン氏の略年表

年 号年齢年  普
1894年誕生旧ドイツ・ボヘミア地方カルルスバードに生まれる。家族は代々食肉加工マイスター
1907年13父の友人の店で食肉加工の修行をはじめる。
1912年18食肉加工マイスターになる。ベルリン「ハイネケン・カンパニー」に就職
1915年21アメリカシカゴのアーマー社ーへ3年間派遣され技術を学ぶ。
1919年25アメリカから日本へ渡る。各所で食肉加工の技術指導しながら函館に赴く。
1920年26函館で宿泊していた勝田旅館の娘・コウさんを知る。
1922年28勝田コウさんと駆け落ち、中国で落ち合い生家にもどる。カルルスバードで挙式。故郷でハム・ソーセージ店開業
1924年30コウさんの故郷・函館に行くことを決意。途中アメリカで10ヶ月働く。
1925年31函館に戻り正式にコウさんと結婚。函館駅前に店を開く。
1929年35店を市内に移転。
1930年36五稜郭工場完成。
1933年39畜産施設を併設した工場を大野町に新設。
1935年41満州国の畜産指導に尽力。長女フランチェスカ誕生。
1938年44満州より帰国。工場を強制買収され製造できなくなる。そのお金で函館元町の家を買い引っ越し。
1941年47太平洋戦争がはじまる。(昭和20年8月終戦)
1948年54元町の自宅横の蔵を改造して製造再開。
1956年62北海道庁に北海道畜産開発プランを提出。
1974年80西ドイツから『功労勲章十字章』が贈られる。
1983年89「レイモンさんの技術を一代で終わらせるのは惜しい」との声があり最初で最後の弟子をとる。
1984年90弟子にすべてを教え込み、夫婦でドイツに移住するつもりで旅立ったが半年で函館にもどる。
1987年9312月1日午後7時31分。函館市で生涯を閉じる。
※年齢は満年齢です。

函館カール・レイモンの製法

函館カール・レイモンの製法を知るには、まずレイモン氏のハム・ソーセージ哲学を知ることが必要です。

レイモン氏が遺したことばをいくつか紹介します。

ワタシの作ったハムやソーセージは本物の味です。手造りの味です。

わたしのハムはね、肉の細胞を一時的に眠らすだけ。

人間の胃に入るとすぐその細胞はよみがえるんですよ。

だからビョウキ治ります。チカラ出ます。

だから食べナサイ」

食べ物は健康的で美味しくなければダメです。

ワタシのハムは防腐剤など必要のない添加物は使いません。

余分な粉や水も使いません。

サイボーが死んでしまうからです」

ドイツでは『血の一滴までも』という言葉があります。

肉はもちろんですが、皮、内臓、骨、血まですべて使います。

自然や神様が与えてくれたものを、あますところなく使う。

そのことで素材の持つうまみを引き出す」

参照『函館カール・レイモン公式ホームページ』http://www.raymon.co.jp/brand/philosophy/

もちろん、ハムを食べて病気が治るわけではありません。

これは当時の日本人が栄養状態が良くなかったので、日本人がハムを食べて元気になるよう願っての言葉です。

レイモン氏のハム・ソーセージ哲学がそのまま函館カール・レイモンの製法になっています。

現在でもレイモン氏の教えを継承し、ドイツ伝統の製法にのっとり「ごまかしがない」「手抜きをしない」ハム・ソーセージが作られています。

現在、新型コロナウイルスの影響で工場見学ができませんが、再開されたら工場見学をして記事を更新します。
それまでお待ちくださいませ。

レイモンハウス 元町店に訪問しました

法雅は函館カール・レイモンを知りたいと思い、「レイモンハウス 元町店」を訪問しました。

観光名所・函館山のふもとにレイモンハウスはあります。

レイモンハウスの写真

一見してツタがからんだドイツ風の建物がとても印象的です。

店先の看板の写真

レイモンハウスの隣の家屋がレイモン氏が実際に住んだ家です。

売り場の写真

1階はイートインスペースと売り場が兼ねてあります。

レイモンドッグの写真
レイモンドッグ(税抜き350円)

レイモンドッグなどのファーストフードが食べられるようになっています。

現在、新型コロナウイルスの影響で持ち帰りのみの販売となっています。

2階はレイモン歴史展示館(無料)です。

資料館入り口の写真

レイモン氏の年表や功績、持ち物などが展示されており、カール・レイモンの歴史を知るには絶好のスポットです。

資料館内部写真
けっして広くはありませんが内容は充分あります。
資料館展示品の写真
年表や功績がくわしくパネルで展示されています。
資料館展示品の写真
カール・レイモン氏の所持品も展示されています。
資料館展示品の写真
実際につかっていた道具も展示されています。
資料館展示品の写真
この机もレイモン氏家族が使っていました。

レイモン氏はEUの旗「十二星旗」の原案者

とくに法雅が注目したのは、カール・レイモン氏がEUの旗「十二星旗」のデザインの原案者だということです。

1950年カール・レイモン氏は、ヨーロッパや世界の平和のため旗のデザインを提案しました。

カールレイモン提案の旗
カール・レイモン氏が提案した旗

それが静穏を意味する淡青色の下地に黄金色の一つ星というデザインです。

この提案をもとに協議をすすめた結果、1955年、青地に12の黄金色の星による円形が採用されました。

EUの旗
採択されたEUの旗

12という数には、12ヵ月、午前午後の12時間、オリュンポスの十二神、キリストの十二使徒といったヨーロッパ共通の伝統や文化の意味が込められています。

当時のヨーロッパ会議からの書簡では「貴方が青地にゴールデンスターをヨーロッパ会議に提案した最初の人であり、その提案理由がのちほど採択の理由となりましたことを決して忘れません」と書かれています。

2004年、「欧州統合」への功績により、故郷チェコ・カルロビバリ市名誉賞を受賞されています。

資料館展示の写真

カール・レイモン氏は生涯ハム・ソーセージ職人であったと同時に、祖国ヨーロッパの平和に貢献した人でもあったのです。

函館カール・レイモンをお取り寄せしたい方は

Amazonでも楽天市場でも函館カール・レイモンのお取り寄せは可能です。

すべて詰め合わせセットですが、各種ウインナーを食べ比べられます。

法雅はレイモンハウスを見学した時にウインナー、ベーコン、サラミを購入しました。

カールレイモンの写真

帰宅後、さっそく焼いたり茹でたりして食べました。

カールレイモンの写真

日本のソーセージと比べると味がしっかりしていると思いました。

とても美味しかったです。

本場ドイツの味、皆さんもいかがでしょうか。

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